クライマックスシリーズ、番外編(後編)

私はぼんやりしていた。
何故か、意識からどうしても「紙テープ」の存在が飛ぶのである
ちょっとすると若年性痴呆みたいである。(いや、そうじゃないのでご心配なく)

紙テープが私に必要じゃない、というよりも“自分がそれを投げている姿が
全く想像出来ない”本当に正しく言うなら“未来の自分の時間に
紙テープを投げている姿がない”とう感じである

私の場合、パチンコなどの例にもあるように
「当たる前に笑いが出てしょうがない」
「パチンコ屋に喚ばれるような日、不意に何度もゾロ目を見ちゃう日は必ず大勝」など
ちょっと先の時間の感情なんかが、やってくるのにそれが全くない。
去年、優勝するかもしれない日、紙テープを買った時は、あんなに完全に
勝った気持ちだったのに、今年は、投げてる自分も
喜ぶ自分もなにも感じないのである

午後5時過ぎ、心配した相方から「紙テープの件はどうなりましたか?」という連絡が来た。
その時初めて(そうか、今日は紙テープを買うように言われていたのだ。
方向の違ういつもの車に乗せてもらっては、ヨーカドーで降りられない
だから、車に乗ってはいけなかったのか…)と思い出した

午後5時半、会社からタクシーに飛び乗り、紙テープ購入。
しかし、この日の試合はやはり敗け。すごい負け。

セカンドシリーズ突破の瞬間を見られる気がしない。
これで自分がドームに居たのなら、それは負けの意
いや、もしくはお腹が痛くてひとりトイレにこもっているか(それならまだいいけど)
どちらかだ。
じゃぁ、行くのをやめる事にしよう。

家で風呂でも入ってボーっとするかぁ。
負けるぎらいだからね。